綿々亭綿屋はとにかく安い

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S氏にとって、これ以降のHの輝かしい成功の数々は当然のことであったろう。
このような人物にとって、最大の敵は成功体験の良である。 S氏が落た良は、その成功体験が大きいだけに深いものであった。
S氏はいつしか自分の信ずるものを絶S氏の自転車用の補助エンジンといい、I氏のコンバーターといい、手頃な価格で、既に保有されている製品に取り付けて、まったく新しい付加価値を生む製品であった。 HもSも大衆の潜在需要を鋭い直感で掴み取り、発展への道を歩き始めたのである。
既製品の多くが統制下にあった時代、独創的な新製品を編み出すことで両社は頭角をあらわした。 Hは、やがて来る大衆モビリティ時代を、Sは人々の生活を根底から変える情報通信時代をそれぞれ適確に見据えていたことになる。
空冷式にできるはずだという考えに取り付かれる。 Hの四輪車デビューは軽自動車である。
S氏は強靭なエンジンを搭載したクルマにこだわった。 他社の軽自動車は妬万馬力前後のエンジンを搭載していたが釦万馬力を狙うと言い出した。

むろん空冷式エンジンである。 二気筒で最高速度110キロというスペックはとても軽自動車の性能ではない。
一般車に匹敵する性能である。 これを破格の剖万円強の価格で売り出したのである。
このN360という自動車は一大ブームとなった。 S氏にすれば、当然のことであったろう。
欠陥車騒ぎ。 S氏自慢のN360は各地で事故が多発する。
1970年7月、京都市内の国道でN360を運転していた20歳の若者が衝突事故をおこした。 同乗者ともども即死、同乗していた2人の青年も重症であった。

遺族は、東京地裁にHS氏を殺人罪で告訴した。 既にN360の事故頻発に対し、大阪地裁、名古屋地裁、東京地裁8王子支部などで欠陥車の申し立て審理が進められていた。
国会でも欠陥車問題が取り上げられていた矢先のことである。 当時、専務であったN氏は国会でこう弁明している。
「N360は国際的に通用する車という前提で設計した。 120キロ出しても技術的に不安はない。
N360の設計上の思想に欠陥があるとの批判は当たらない。 いたずらにユーザーに不安を与えるような、問題の取り上げ方はまことに遺憾だ」これはS氏の思いそのままであったろう。
しかしマスコミは徹慢で独善的な言い分として批判を強めることになった。

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